10年強、アジア・ヨーロッパ・アメリカで学び、働いた私の【自己紹介】

グローバル組織力診断開発者の自己紹介

はじめまして!

グローバル組織力診断というグローバル組織で活躍する力を診断するサービスを開発しているやす(@yesyasyasu)と申します。

自己紹介ページへの訪問ありがとうございます。

ここでは私のグローバル経験を中心に自己紹介をさせていただきます。

少しでも世界中で学び、働き、暮らす方法のヒントになれば幸いです。

学生時代

グローバル序章:世界の広さを体験するオーストラリア短期留学

私は中学生の時に学校を転校しました。
そして次の学校に慣れるまでの間、自分の居場所がなく他の人が知らない世界を見たくなりました。

そこで町のレンタルビデオ屋で偶然見つけたグリーンデイやエミネムなどの洋楽に夢中になったことが初めての外国文化との接点でした。

この洋楽への興味が英語を理解しようとする勉強に繋がり、高校2年生の時に将来は英語を使った仕事をすることを考え始めます。

そこで外国語を学ぶために大学に行こうと思い始めましたが、本当に英語を仕事とするほどのものか自信が持てず、当時姉がオーストラリアの大学に通っていたのでそこに1週間程泊まらせてもらい現地を1人で歩き回り外国を感じてみました。

この経験で英語を話せても外国人とコミュニケーションできるだけで、英語は目的ではなく、あくまで手段なのだと気付かされました。

英語以外の勉強は嫌いだったので、大学受験のためにわざわざ勉強するのであれば有益なことを学びたいと思い、当時の私に一番実用的に思えた同志社大学の経済学部に入学しました。結局、大学の授業にはあまり興味が持てませんでしたが。

早く外国に行きたい気持ちが強くなり交換留学制度に申し込みましたが落選し、春休みに1ヵ月だけオーストラリアに短期留学することにしました。

この1ヵ月で世界中の人と出会い、日本での価値観や文化などは日本固有のモノだと知り、世界をもっと知りたいと思うきっかけとなりました。

高校時代の1週間の滞在や大学の短期留学は期間としては短いですが、とにかく現地に行く、自分の知らない世界に行くという行動(体験)がすべての始まりにつながっています。

参考までに、短期留学後(18歳)の私の英語力はTOEIC 730点程度だったと思います。

東南アジア一周旅:人とのつながりの大切さと不平等な世界を知る

大学2年目も交換留学に落ちて途方に暮れた私はまだ知らない世界を知るために、留学用に貯めていた貯金で東南アジアのタイ、カンボジア、ベトナム、ラオスを3週間バックパックで旅をすることにしました。

見知らぬ土地でたまたまあった人と世界遺産を見に行き感動を共有したり、現地の人とたまたま仲良くなり数日間遊んだ経験は人とのつながりの大切さを教えてくれました。

東南アジアでは経済成長のエネルギーを感じつつも、日本との貧富の差を初めて自分の目で見たことで、自分が楽に生きていることを知りました。

この経験は後にヨーロッパ一周を通じてアジアとヨーロッパの格差を知り、自分の母国である日本を起点としてアジアの発展につながる仕事をする決意につながりました。

参考までに、この時点で、私の英語力はTOEIC 850点程度だったと思います。

フランス留学:グローバルエリートに社会への責任を果たす使命感を学ぶ

紆余曲折あり3年次の夏から1年間の交換留学の機会を得ました。

留学先はマクロン大統領の出身校でグランゼコールと呼ばれるパリ政治学院です。

この大学はフランスに存在する数少ないエリート校で、大阪生まれ大阪育ちで公立学校出身の私は初日からグローバルエリートに知的リンチを受け「圧倒的絶望の日々」を過ごします。

日本の大学で受けていた百人規模の講義は少なく、20人程度のクラスがメインで約13ヶ国の人間が1つのクラスで勉強するというスタイルでした。

クラスメイトには、19歳の大学院生や3,4ヵ国語話す学生が存在し、20歳までの私とこの留学を経た21歳の私は全く異なる人間に変身させられたと感じています。

特に2つの考え方の変化がありました。

1つ目はフランスの優秀な学生は自分たちが社会をよくするという責任意識を持ち、18歳から社会への大きな貢献を考えていることを知り共感を得たこと。

もう1つは、留学の初週から何の連絡もなしクラスの前で民主主義と共産主義はどちらがよいか英語で討論させられる授業があり、自分が何も話せずグローバルな場での圧倒的な力不足を感じました。これによって、常に学び続ける姿勢を当たり前のものとして考えるようになりました。

これらの経験から社会貢献とグローバルで負けないスキルの獲得という考えに大きく舵を切り始めました。

ヨーロッパ一周旅:歴史と文化の豊かさと犠牲

留学期間が終わり、帰国前にヨーロッパを数週間バックパックで旅することにしました。

出発当日の早朝、新幹線の駅に向かう途中で黒人に人生初のかつあげに会い冷や汗をかく経験をしつつ、訪れた国は、フランス・イギリス・ドイツ・スイス・オーストリア・イタリアです。

ヨーロッパの私生活で得た大きな学びの一つは、「人生の豊かさとは何か。」を常に考えさせられる習慣でした。

(自然、街並み、料理、歴史、ライフスタイルなどの)文化が資産となり、経済成長では得られない満足感へのシフトがヨーロッパでは進んでいるように感じられました。

育児や学業への政府の支援は大きく、家族で過ごすプライベートの時間の優先などは日本にはあまりない考えでした。

日本の満員電車で疲れながら通勤する生活や顧客への過剰な気遣い、サービスなどは便利さと引き換えに失っているものがあると気付かされます。

一方で、パリには男でも日中に歩くのが怖い場所があるという治安の悪さや、多くのブルーカラーの職業が移民により支えられている状況も生活を通して見えました。

移民問題は目に見えるほど街を分断し、民族間の対立がいたるところに存在します。

言語や文化などの違いに加え、見た目や立場の違いが溝を作ってしまうこの問題は労働人口不足の日本が直面する最も大きな問題の一つになるかもしれません。

スタンフォード大学生との1ヵ月集中生活:爆発的エネルギーと創造性

帰国後、スタンフォードの大学生が日本で勉強するサマープログラムに日本側代表として参加することになりました。

アメリカ人の自由な発想、興味から生まれる強いエネルギー(悪い言い方をするとうるさい小学生みたい)にはヨーロッパ人にはない強烈な印象を与えられました。

他の国と比較したときにアメリカ人は物事を捉える時のフィルターが薄く、新しいことを吸収する速度もクリエイティブさを発揮する速度も速いのが強みだと感じています。

彼らは大学卒業後アップルで働くエンジニアやニューヨークの医者になるのですが、アメリカ人は運動・遊びも含めすべてが全力だということをこの経験から知りました。

これがアメリカの強さの源であり、この考えを学びつつ日本の良さを残すことが日本のグローバル化に必要と考えます。

参考までに、この時点で私の英語力はTOEIC 975点まであがりました。アメリカ人の会話スピードに慣れたのと表現力が増えたことが原因です。

仕事

日本発グローバルを軸に就職

就職は今までの経験を通じて、「日本起点にグローバルを舞台に」「世界で通用するスキルを使い」「幅広く貢献できる分野」で考え日系のコンサルティングファームに入社しました。

入社して2年半はグローバルな仕事と関わる機会はなく悶々とした日々を過ごしていましたが、業務改革プロジェクトからシステム導入まで幅広くかかわることで、ビジネススキルとIT、会計の知識を身に着けられたことがこの後の駐在中のプロジェクトにも生きてきました。

米国駐在:実力主義と顧客至上主義の社会

3年目の冬からアメリカのテキサスで駐在を開始しました。

アメリカの会社では、日本と違い教育や指導の仕組みが確立されておらず、実力を発揮しなければ生きていけない現実を知らされました。

日本は新卒研修やOJTで体系的に仕事の仕方を学ぶ機会があり、一定期間成果がでなくても許されているという恵まれた環境であることを実感しました。

アメリカで生活すると顧客体験を非常に重視していることに気づきます。

顧客が求めるものを提供するスタバのカスタマイズ方式や、顧客体験を追求し汎用品を特別に感じさせるアップル、直感的な楽しさを演出するディズニーなどがその例でしょうか。

多くの異なる人、ルーツ、言葉、歴史、文化が別々の集団が一つの国で住む中で全員が幸せを感じる方法がこのような仕組みで確立されています。

アメリカでは至る所に存在するサブウェイが日本ではあまり流行らないことと無関係とはいえないでしょう。

参考までにTOEIC975点でも全然現場では歯が立ちませんでした。英語におけるイントネーション(抑揚)の重要性やビジネス語彙力不足をアメリカの仕事で痛感しました。

メキシコ派遣:異文化ビジネスの体験と対策

駐在中、プロジェクトでメキシコに半年ほど行ったり来たりの生活をしました。

アメリカと異なりメキシコでは「能力」よりも「共感」による信頼構築が重要であり、現地のコンサルタントは顧客への挨拶やスキンシップを非常に重要視していました。

ソリューションを考える力など実力があるビジネスマンよりも、自分を理解して提案を考えてくれると思えるパートナーを好むというのは日本と通じるところがあります。

品質、コスト、納期の考えの違いは日本やアメリカと異なり非常に緩い面があったり、交渉はゲームととらえてわざと無理な要求をしてくるなど「歴史と文化」や「経済環境」がビジネスに与える影響を体験できるいい機会でした。

この経験では相手の考え合わせた行動をとることの重要性を認識し、外国で一般的に使われる交渉術などを「知る」だけで冷静に相手を分析しストレスなく会話できるようになれる楽しさがありました。

メキシコはプライベートで訪れたグアナファト・カンクンなどを通じ、新しい文化に触れる刺激を思い出させてくれた国でもあります。

日本とアメリカの架け橋:英語力では越えられない文化の壁

駐在後も日本とアメリカ両方に責任者がいるプロジェクトへの経験を通じ、語学力では越えられない異文化ビジネスの課題に直面する毎日を過ごしました。

例えば、アメリカでは「リーダーが意思決定の責任」をもち、「(できる限り避ける)会議ではその場で結論」を出します。

そのため準備や計画にはあまり時間を割かず、今判明している事実を元に意思決定や変更を繰り返しその時の最適解をだして進む傾向が強いです。

一方日本では「多くの会議を通じて」リスクや利益を計算した上で、「意思決定は関係者の合意を通じて」行われます。

「準備と計画」に多くの時間と資源を使うため、意思決定後の内容変更のハードルが非常に高いです。スケジュール変更や仕様変更はできる限り避けようとします。

この差は、計画の変更案が浮上したときに日本側の「計画、合意内容と違うため変更は無し」とする主張とアメリカ側の「現在の案は最適ではない」という主張に食い違いが発生します。

この2つの異なる意思決定・議論(会議)の方法・リスクへの考えなどがプロジェクト内で言語化、共通化されなければ多くの軋轢によりプロジェクトが前に進まなくなります。

これを国の違いや考え方の違いで終わらせてはいつまでたっても日本はグローバルに対応する力がつかないので、その「考え方」を整理したのがグローバル組織力診断の8項目です。

プライベート編

国際結婚と6ヶ国に広がった家族の輪

私はプライベートではロシア人と結婚していて、家族の輪が6ヶ国に広がりました。

純粋な洋楽への興味が、世界中への旅・勉強・仕事につながり、国際結婚まで至りました。

何よりも、興味のあることへの行動がこの結果につながったのだと今振り返って思います。

尚、このブログを書いている時点では妻の転勤先の札幌に住み、毎日部屋にこもって文章を書いたりプログラミングでコードを書く生活をしています。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

意見、感想などありましたらお気兼ねなくお寄せ下さい!

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